私の中にあるもの 34

コーヒーメーカーからこぽこぽと音がして芳ばしい珈琲の香りが充満してきた。コーヒーカップを取り出すために食器棚を開けた。コーヒーの用意といっても豆を挽くわけでもなく宏美に手伝ってもらう程のことはない。宏美はテーブルにもたれるように立ってさっき冷蔵庫から取り出してお盆の上に並べたデザートのムースを眺めていた。
「裕二さんと神崎さんはほんと仲がいいですよね。落ち着いてるというか。」
急に真面目になった宏美の声にどのコーヒーカップにしようかと並んだ3種類のコーヒーセットを眺めていた視線を彼女に向けた。
「んーまあ二人ともそんなにしゃべる方じゃないから落ち着いて見えるのかもね。」
「いや、そういうんじゃなくて、お互いに信頼してるというか、大事にしてるってかんじ。」
「それは言い過ぎ・・・。」
直球で誉められるとついそうではないと謙遜してしまいそうになるのだが、そう的外れでもない感想に対して反論するのも大人げないかなと言葉を濁した。
信頼し合っている、とか大事にしているとか自覚することは滅多にないが、でもやはり、私は裕二に大事にしてもらっていると感じているのは確かで、そんな裕二を私は信頼している。
「隠し事とかないんじゃないですか?」
スプーンを用意してなかったことに気付いて食器棚に向き合った私の背中に向かって宏美が問いかけた。
隠し事?
「いやあそれはあるでしょ、普通に。」
「えー、例えばどんな?」
「どんなって・・・・」
とっさにないと言えずに適当な言葉で返したが、よもや更に突っ込まれるとは予想外で、当たり障りのない回答を模索していると、ふとひとりエッチのことが頭に浮かんできた。途端に顔が熱くなる。
赤面してしまっているような気がして宏美の方を振り返ることができず、とっくにスプーンを手にしているのに、引き出しの中を探している振りを続けた。
「すぐには思いつかないけど・・・。隠してるわけじゃなくても知らせてないこととか・・・。」
「それは隠し事とは言わないですよ。なんか羨ましいなあ。」
テーブルに向いてスプーンを並べる動作が固くなってしまっていた。私が勝手に動揺していることなど宏美は気付くまでもなく、「先に運んでおきますね」と用意の終わったお盆を持ち上げた。
「お願いね。」
デザートの登場にまたもや盛り上がる高瀬と宏美のやりとりがリビングから聞こえてきて、ぼんやりとそちらを見る。二人の会話に笑っている裕二の横顔があった。
習慣化したひとりエッチ。それは人に知らせるようなことではないはずだ。それが例え夫婦であっても相手に告げるような内容ではないだろう。一般的な話として男の人の自慰は誰でもしている物だと思っていたが、裕二が同棲中にしているかどうかなど具体的に今まで考えたこともなかった。
夜勤が激増してからはセックスの回数が減少しているから、それを埋め合わせるために、もしかしたら裕二だって一人でしているかもしれない。夜勤明けの午後、平日ならこの部屋に裕二一人しかいない時間はたっぷりある。
無意識に裕二の横顔を見つめていたらしく、視線に気付いたのか、裕二がこちらを向いた。
「理絵も早く来れば?」
「あっごめん・・うん、コーヒー持ってくね。」
不埒な想像を見破られたような気がしてとっさに謝っていたが、逆に不自然極まりないように思えた。誤魔化すようにくるりと背を向けるとコーヒーメーカーに向き合った。

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