私の中にあるもの 29

帰宅してすぐに料理にとりかかる。裕二は購入してきた物の内すぐには使わない物を冷蔵庫や戸棚に入れていた。
帰りの車の中で組み立てた手順をもう一度なぞりつつ、角煮を作るために圧力鍋を取り出す。ふと背後に気配を感じて振り返ると、すぐそこに裕二が立っていた。
「うひゃっ!」
驚いて妙な声を上げてしまったのを誤魔化すつもりですぐに問いかけた。
「どうしたの?喉乾いた?」
「いいや。」
裕二はじっと私の顔を見つめている。
「テレビ見てたら?」
妙にどぎまぎしているのを隠し切れていないのを自覚すると更に落ち着きを失い、必要以上につっけんどんな物言いになってしまった。裕二の方を窺うとそんな私の態度を気にすることもなく、「そうだな。」と返事をしてリビングの方へ移って行った。テレビの電源が入ったのを見て、シンクに向き直った。
すると裕二はキッチンに戻って来てテーブルの椅子に腰掛けてそこからテレビを見始めた。そこからでも視聴に問題はないが、裕二が食事中以外にそこからテレビを見ることは殆どなかった。
「テレビ見にくくない?」
「見えるよ。ここにいると邪魔になる?」
「えっ、ううん。」
予想外の問いかけに慌てて頭を振って、一緒に暮らし始めた頃は私が料理をしている間、キッチンのテーブルに座って時間を潰していたことをくすぐったい気分で思い出していた。
振り切るようにシンクに向き直り、作業を開始した。最初こそ背後にいる裕二に意識が向きがちだったが、次第に手元の作業に集中していく。ふと顔を上げるとテレビを見ていたはずの裕二の視線がこちらに向けられていて、私の動作を見守っていたことに気付く。
途端に先程までのくすぐったい感傷が舞い戻ってきて体の動きが固くなってしまう。
「な、なに?」
平静を保ててないことを誤魔化すつもりでつい口にした言葉はみっともないほど動揺の色がにませていて、舌打ちしたくなるほどだった。
「いや、理絵が料理してるとこ見れるのも久しぶりだなあとか思って。」
ほんとに今日はどうしたというのだろう。
普段から裕二は私のツボを押さえた-というよりも一般女性に受ける言動を自然にできる人なのだが、今日は一段とそれが冴え渡っているようで、もともとそういうことに慣れていない私は舞い上がりっぱなしだった。でもそうした甘い高揚感も悪くはない。
1ヶ月ぶりに持った二人の時間がいささかの気構えもなく過ぎていくことはなんと貴重なことなんだろう。
ふと数日前に耳にした宏美の言葉が蘇る。高瀬と二人でいることに苦痛を感じてしまうと解釈せざるを得ないようなことを言っていた。その言葉は追求を許さないよう冗談に絡めて引っ込められてしまったが、それだけに彼女の中のより深いところに潜んでいた事実のように思えてならなかった。
「高瀬さんってずいぶん忙しいんだね。」
「そうだなあ、あいつは自分でそうしてるからな。仕方ないんじゃない?」
「ふーん。」
宏美との関係について高瀬がどう考えているか、裕二に思い切って尋ねてみようかと思ったが、もうすぐ二人と顔を合わせるこのタイミングで聞くべき事じゃないなと思い留まった。

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