私の中にあるもの 43

その日曜日は一日をほとんどベッドで過ごす羽目になってしまった。シャワーを浴びるかトイレに行くか以外、ベッドの上から動けずにいたのだ。移動も実際の所、一人で歩くこともままならずないくらい下肢にに力を入れることができずに裕二に抱き上げられて運ばれた。私はまるで病人のように裕二が用意してくれた飲み物や軽食をベッドの上で口にした。
何度も裕二の指と舌で上り詰められて敏感になりすぎた体と意識は混濁していったが、裕二は私が到達するたびに抱きしめて名前を呼んでくれた。そのせいだろうか、前夜に比べると性感に翻弄されている姿を裕二に見せていることに対する不安や羞恥は殆ど感じずに済んだ。実際に裕二が私の中に入ってきたのは1度だけだったが、一日中繋がっていたような錯覚に陥った。
その日、夜勤だった裕二は、夕方になるとベッドから起き出したようだった。気配でそれを感じていたが、声を出すのも億劫に思えた。しばらくは裕二の行動を聞こえてくる音で想像していたが、その内また眠ってしまったらしく、次に目が覚めたとき、室内は真っ暗だった。慌てて起きあがると、どうにかリビングに辿り着くが、キッチンの小さな電灯が点いているだけで、裕二の姿はなかった。自分が何も着ずにうろうろしていることに気付き慌てて寝室に戻ると、ベッドの脇に部屋着と下着が置かれていた。裕二が用意してくれたんだなと思いながら、それを身につけて再びリビングに戻った。時計を確認するともう7時を回っている。
裕二は出勤してしまった後だった。ちょっとくらい声をかけてくれてもいいのに、と恨めしく思う。
そういえば今日はろくな物食べてなかったな。
主張を始めた空腹感を宥めるためにキッチンに入っていく。昨日の買い出しで余っている食材ですぐ食べられてなおかつ重量感のあるものがあっただろうかと思い起こしながら冷蔵庫の取っ手に手を伸ばしかけた時、テーブルの上にラップのかかった食器が置かれていることに気付いた。昨日ってなんか残り物あったっけ?と近づくと中身は炒飯だった。
私が作った物ではなかった。
なんなんだ、この至れり尽くせりは・・・。
レンジで温めた裕二作の炒飯はいつも通りぱらっと仕上がっていておいしい。といっても普段は滅多に口にする機会はないのだけど。
料理に使われたまな板や包丁、フライパンに木べら、あと彼が自分のために盛りつけた食器も今は全て洗い清められて食器乾燥機の中に鎮座していた。
裕二はフライパンを振って器用に炒飯を返していたんだろう。片手で軽々とフライパンを扱う様は憧憬の念を抱かせる。私ではあんな風に米粒やベーコンが空中を舞ってはくれないから、初めて裕二が炒飯を振る舞ってくれたときは、残業続きでへばっていたのに彼の横に立って感嘆の声を上げていた。この程度は誰でもできるなんて謙遜しながらも彼は照れくさそうに笑っていた。
炒飯をゆっくりと咀嚼する。
昨日の午前中にネット小説を読みながら裕二と私の間ではあり得ないと打ち消した妄想が現実になってしまったんだと思い出すと可笑しくなってくる。私にとっては二次元で繰り広げられるフィクションでしかなかったような行為を一日中繰り返していたことは、やはりこうして一人で食卓に向かい合っていると夢の中の出来事の用に思えてくる。記憶は靄がかかったように曖昧なのに一部の感覚だけが妙に鮮明で捉えどころがないのに実のところ重く感じる腰や四肢の倦怠感は確実にそれが現実にあったことだと示している。
明日、夜勤明けの裕二が私の出勤よりも早く帰宅したなら、当たり前のように職場まで車を出してくれるだろう。そして幾分眠そうにそれでも車から降りる私を笑いながら見送ってくれる。
きっと何も変わらない日常が続いて行く。
いまここにいなくても伝えられる彼の気持ちとそれを感じる私の気持ちは一日前と全く変わりない。
「恐れるには足りず?ちょっと違うか・・・」
自分の感傷を貶すようにわざと声に出してみる。
「案ずるより産むが安し・・・雨降って地固まるの方がしっくりくるかな」
穏やかなものが私の中を満たしていった。

(おわり)

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