優しい手 2

俊介は自転車通学、唯菜はバス通学だった。お互いの家はかなり離れているが、方向は同じだった。俊介は自転車を押しながら唯菜の隣を歩いている。試験前の1週間は余程のことがない限り、部活は休みだ。全部の部活が休んでいるとこんなに静かになるんだ。
人影のないグランドや校舎を少し他人行儀に感じていた。校舎を挟んで正門とは逆方向に位置する自転車置き場からさっきまで留まっていた玄関が見える場所まで戻ってきた。玄関前から正門までの道は両脇に銀杏が植えられている。この時期はまだ緑の葉が繁っていて、夕方の西日に木陰を作っているが、1ヶ月後にはその葉も真っ黄色になってそこら辺を舞う。
俊介のかごに押し込まれた白い鞄を眺めていた。自転車置き場で1台ぽつんと残った自転車を引き出してすぐに、俊介は自分のリュックは背負ったまま、唯菜の鞄をかごに入れるように言った。遠慮していると、彼は「ぶつくさ言わない。」と言いながら唯菜の肩に掛かっていた鞄を自転車のかごに無造作に入れた。
さっきお礼を言えなかったな。
口は悪くても、俊介は基本的に気遣いのできる男子だ。外見は抜きんでていると言う程ではないにしてもそこそこいけてて、気さくでかつ誰にでも優しいサッカー少年なんて女子が放っておく訳がない。
俊介とは中学も一緒の学校だったが、高校に入ってからは身長が伸びたせいか格段に注目される存在になっていた。
「なんか今日おとなしいなー。」
俊介が少し屈んで唯菜の顔を覗き込んだ。上の空で適当な相づちを打っていたことに気付く。
「そんなことないよ。ゲームしすぎて頭痛するだけ。」
半分嘘だが、半分は本当のことだ。ゲームは俊介の勝手な思いこみに便乗した言い訳だが、頭痛は先程からずっと唯菜を暗い気分に陥れる原因になっていた。
落ち込んでいるから頭痛が発生したのか、頭痛のせいで余計にブルーになってしまうのか。唯菜は睡眠不足や肩こりからすぐに頭が痛くなる体質だったから、頭痛は珍しいことではない。ただ、慣れているとはいえ、やっぱり暗い思考への手助けになってしまうのだ。
「はー?頭痛するまでゲームってありえんだろ。」
健康優良児で視力もいい俊介は頭痛なんて滅多にないんだろうなと思う。
「わたし頭痛って年中だし。繊細だから。」
「おいおい繊細って。それはないだろ。」
「いや本当だし。」
いつも通りのやりとりに戻ったことに唯菜はほっとしていた。
さっきからこんなんばっかだな。
俊介といる間はとりあえず考えないようにしなくちゃ。毎日部活の練習で帰りの遅い俊介と、帰宅部の自分は試験前の部活がない期間くらいしか一緒に帰る機会はない。しかも、今日は委員会があり、何の委員にも当たっていない俊介とは帰れない、なんで試験前に委員会があるのかと腹立たしく思っていたら、俊介はHRが終わった後、当たり前のように「教室でいるから終わったらメールして。」と声をかけてくれたのだ。あの時は幸福バロメーターが急上昇、つまらない委員会の間さえも周囲がきらきら輝いて見えた。
そうだ、今日は俊介の方がわざわざ待っててくれたんだ。
そう思うと幾分は落ち込んでいた気持ちも浮上する。
「でも頭痛いんならどっかで休む?それかすぐバス乗った方がいいか?」
「えっ?うーん、休んだ方がいい。バス酔っちゃうかも」
バスに酔うというのはかなりの誇張だった。確かに頭痛はあるが、15分位のバスに酔うほどでもなかったが、少しでも一緒にいる時間を長くしたいという唯菜の本能が生み出した咄嗟の言葉だった。
「酔うってそんな調子悪い?そういや顔色わるいな。脳トレやりすぎて病気んなったら意味ないだろ。」
唯菜はへへっと笑ってみた。さっきの余り意味のない嘘がこんなとこにも出てきて少しばつの悪い思いがした。
唯菜は普段、学校から2分ほどの場所にあるバス停を使っていたが、俊介と一緒の時は俊介の家の近くにあるバス停まで歩くことにしていた。ゆっくり歩いて20分位の距離は、俊介と二人で話をしているとあっという間だった。バスが来るまで俊介は傍にいてくれたから、バス停に着いてから次のバスまでの時間が長いと顔には出さないように密かに喜んでいた。
そんな些細なことで喜んでいる唯菜にとって、途中で寄り道をするなんて、願ったり叶ったりの状況だった。
「どうする?この先にある公園でも行こうか。ここらへん店ないし。」
学校から少し離れたこの場所は住宅街でフランス料理の店や常連しか入らなさそうな喫茶店はあったが、高校生が気軽に入れそうな店はなさそうだった。
「うん。」
バスが通る幹線道路から歩道のない道に曲がった。2分くらい歩くと大きな白い建物が幾つか建ち並んでいるのが見えてきた。
「そこ。」俊介が指さす先を見やると、コの字型に建っているコンクリートの建物に囲まれたスペースに公園らしいスペースがあった。遊具はどれも錆びが所々見られて、決して新しい物ではなかったが、滑り台にブランコ、シーソー、ジャングルジム、回転台と数種類のものが広いスペースに散らばっていた。中央に大きな木が植えられている。その隣には屋根のある休憩所らしきものが置かれていた。ベンチは他にも幾つかあったが、俊介は中央の方に進んでいった。自転車を止めて「ここでいいよな。」と唯菜に確認してから、「ちょっと待ってて。」と言い残すと来た方とは逆の入り口の方に迷いなく走り去って行った。
さすがサッカー部一の俊足、と感心しつつ背中を見送った唯菜は、俊介との会話のおかげで薄れていた記憶が軽い頭痛と共にフラッシュバックしてくるのを、溜息で迎え入れるしかなかった。

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