優しい手 4

「そういや、頭痛いける?」
俊介に尋ねられて、唯菜は公園に入ったときには後頭部に張り付いていたズキズキした痛みが殆どなくなっているのに気付いた。
「だいぶんましになったよ。ありがと。」
よかったと言いながらまたペットボトルに口を付けて最後まで飲み干す俊介を眺めながら、今は試験前であることを思い出す。
「試験、勉強してる?」
「あー?してるわけないじゃん。部活ないとかえってだらけるんだよな。」
俊介が試験前の貴重な放課後を無駄に費やしてしまっているとは思ってなさそうなのを確認すると安心する。唯菜は俊介がスポーツ飲料を一気に飲んだのは早く帰りたいという意思表示なのでは?と邪推してしまったのだ。
「井上は?」
「あたし?まだ。家ではほとんどやってない。」
期末考査前の期間になってから、3日。連続で俊介と一緒に下校している。20分足らずの短い時間だったが、つきあい始めてから1ヶ月経った今まで滅多に二人きりになることがなかったせいか、唯菜は俊介と別れてバスに乗ってから睡眠に入るまで、俊介との会話を思い出したり明日の会話をシミュレーションしてみたり、とにかく勉強はもちろん手にした小説や漫画も頭に入ってこない状態だった。
「さすが、余裕だね。」
唯菜は今の普通クラスでは試験の度にほぼ毎回トップだった。部活に熱心な俊介は中の下、もしくは下の上くらいのレベルらしくて教科によってかなりムラがある。
「ふふふ、まあねえ」
さすがに今回は色ぼけで成績落ちるかも、と思ったが口にはしない。もともと唯菜は周囲が想像しているより勉強時間は短く、塾も行ってない自分がこの程度の勉強時間で普通クラスとはいえ上位をキープしていることを時々不思議に思う。ただ、それをそのまま出してしまうと嫌みな奴になってしまいかねないので、適当に勉強しているように見せかけていた。
「ああ、俺やばいわ!赤点とりそう。」
俊介はベンチの背もたれに半身を預けて大きくのけぞった。
「勉強しなさい。」
「うーん、だよなあ・・いや分かってんだけど、なんかたまに家に早く帰って部屋にはいるとさ、いろいろほったらかしにしていた雑誌とかゲームとかが目に付く訳よ。」
「まず片づければ?」
「片づけてるよ、片づけ始めるといろいろ引っ張り出しちゃってさ、気付くと夜中になってんの。」
「なんだそれ。・・・んーまあでも分からなくもないなあ、試験前ってつい掃除とかしちゃうよね。」
「そうだろ?毎日こんなんでいつもより夜更かししてるってやばいよな。」
あーあと溜息を出しながら、上体を起こして俯き加減になると空になったペットボトルの蓋を開けたり占めたりし始めた。
夜更かし・・。
唯菜は俊介が授業中に居眠りをしていたことを思い出して頬が緩んだ。
「そういや居眠りしてたよね、ずいぶん余裕だなあと思ってたんだけど。」
「そのせいで数学の重点ポイント聞き逃して・・・・って、忘れてたー!井上ノート貸して。」
俊介が唯菜の方に向き直ってお願いのポーズをしてきた。少し接近した顔にドキドキしながらもいいよと返事をしてノートを取り出すために鞄を引き寄せた。
「いや、今日はいいや。」
「えっなんで?」
正面に向いてしまった俊介の横顔を怪訝そうに見上げて、鞄を探る手を止めた。
「てゆうか、土日のどっちかに勉強教えてよ。」
えっ!?土日に勉強?!
「たぶんノート借りただけじゃわからんし。」
「えーでも数学なら藤山に教えてもらった方がいいんじゃない?」
試験前の休日に用があるわけもなく、バイトも試験前ということで休みにしてもらっている唯菜にとって、何の異論もないはずなのに即了承することができずに、つい自分の首を絞めかねないようなことを口走ってしまう。
「藤山?だめだめ、あいつの教え方ってスパルタってゆうか分からせようって気持ちないもん。前はけんかになって結局ゲームして終わったよ。」
そのときの二人の様子が目に浮かんでつい笑ってしまった。
「試験前に勉強のじゃまになるかもしれんけどさ、だめ?お礼に昼飯おごるし。」
「ほんと?まあ、そこまで言うのなら教えてあげないこともないかなあ。」
全然だめじゃないのにちょっと仕方なさそうに答えながらも、俊介の気持ちが変わらなかったことにほっとしていた。じゃあ藤山に教えてもらうよとか言われてたら後悔しても仕切れない。
「ほんと?頼むわー。土日どっちでもいいよ、井上の都合のいい方でお願いします。」
調子よく頭を下げる俊介に何をおごってもらえるのか確認する。土日もどちらかではなく両方の方がいいんだけどなんて思っているくらいで、実際はおごってもらう物なんかなんでもいい、というかなくても全く問題ない。
頭の中と表面に出る言葉や表情が全く食い違っていることに唯菜はもどかしいような気がしながらも、そのスタンスを崩せば、俊介との関係も終わってしまうようで不安だった。
だから、いつもこんな風に気のないフリ、平気なフリをしてしまう。家に帰ってから何度反省しても、翌日にはきっと同じようなことの繰り返しなのだ。

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