優しい手 8

唯菜が俊介の家に上がるのは2回目だった。この辺りは地元では有名な高級住宅街だったが、俊介の家もそこにちゃんと馴染むレベルだった。
「まあ、あがってよ。」
俊介がスニーカーを脱いで上がり框をまたいで、土間に立つ唯菜を見下ろした。
「おじゃまします。」
唯菜が脱いだ靴をそろえていると、奥からぱたぱたと足音がこちらに向かってきた。
「あら、帰ってきたんだ!」
唯菜はすぐに立ち上がって俊介の母親におじぎしながら挨拶をした。
「勉強すっから。」
俊介はそれだけ母親に言うと階段を上がっていく。
「図書館はやっぱり無理だったんだ。井上さん、テスト前につきあってもらって悪いわねー。」
母親は、はははと笑いながら唯菜に話しかけてくる。ジーンズとカットソーの出で立ちで笑う俊介の母は若く見える。
唯菜の母も若く見えるが、彼女の雰囲気はまたそれとは種類が違っているように思える。
「いえ、おじゃましてすみません。」
「みっちりしごいてやってね!」
俊介の母はまたはははと笑っている。唯菜も釣られて笑いながらはい、と答ると、ごゆっくり、と彼女は廊下の奥に戻っていった。
相変わらずだなあと初めて会ったときのことを思い出しながら、俊介の後を追って階段を登っていった。俊介が自分の部屋のドアを開けて待っていた。
「お茶でいいよな。」
唯菜が頷くと、俊介は階下へ下りていった。唯菜は俊介の部屋に足を踏み入れた。
ここに入るのも2回目。
でも一人で来るのは初めてだ。前は他にもクラスメートの男女が4人いて、総勢6人がこの部屋で一晩を明かした。俊介の部屋は唯菜の自室より広い。壁に向かって勉強机とベッドが置かれている。反対側は大きな窓があってそこからの光が部屋の中を明るく照らしている。窓の下のローチェストの上にはコンポやテレビが並んでいた。
ベッドの上のジャージや、板間に重ねられたマンガ雑誌は、放置されているようだったが、適当に片づけられている感じの部屋だった。前来たときはもう少し乱雑にいろんな物が散らばっていたような気がするから、今日は予め片づけたのかもしれない。
俊介は唯菜を部屋に上げる予定でいたということなんだろうか?
唯菜が部屋を見回していると、俊介がグラス二つを両手に持って部屋に入ってきた。
「なに立ってんの。」
俊介は手にしたグラスを勉強机の上に置いた。
「いやーどこで勉強するのかと思って。」
「んーたしかに。」
俊介が作りつけのクローゼットの中から折り畳み式のテーブルを引っ張り出してきた。
手早く脚を出すと、部屋の真ん中の照明の下にテーブルを置くと、部屋の端にあったクッションをテーブルを挟んで向かい合わせになるように並べた。
唯菜がその片方に座ると、グラスをテーブルに起きながら、俊介は尋ねた。
「今日は何時くらいまでいける?」
「自転車だし、6時には帰らないとまずいかも。」
唯菜の母は心配性で、唯菜が夜に出歩くことを嫌った。唯菜が自転車通学の可能な距離であるにも関わらず、バス通学をしているのは、母がそれを強いたからだった。実際に、唯菜の近所に住んでいる同級生はほとんどが自転車通学だった。
「4時間か・・、じゃ数学教えて。」
ここから出題すると配られたプリントを向かい合わせに座って始めた。図書館のテーブルよりも小さなテーブルは、二人の距離を縮めていた。プリントを解きながら、俊介の様子を窺う。

もう1ヶ月半になるんだ。
唯菜が初めてこの部屋に入ってから、俊介とつきあい始めてから、約45日。
9月上旬にあった文化祭と体育祭の打ち上げの後、唯菜は美咲の家に泊めてもらう予定だったのに、打ち上げがお開きになった頃には美咲の家に向かう路線バスはなくなっていた。
二人ともすっからかんでタクシーに乗る余裕はなく、バスでも30分はかかる美咲の家まで歩くしかないのか?!と二人で騒いでいると、俊介の家に押しかけるから井上たちも来れば?と藤山が声をかけてくれたのだ。
その日俊介の家に泊まったのは藤山の他に男子は2人、そして美咲と唯菜の5人。
翌朝、すっかり日の高くなった時刻に、唯菜は俊介と一緒にバス停へと向かっていた。たまたま帰る方向が唯菜だけ違っていて、たぶん気を利かせてくれた美咲の一言で、俊介がバス停まで送ってくれることになったのだ。

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