優しい手 9

バス停はゆっくり歩いても5分とかからなかった。後夜祭が終わった後から今まで、クラスメートとしてほとんど一緒にいられたけど、二人きりになったのは今だけだ。機会を狙っていたにも関わらずいざお望みの状況となると毎晩のようにシミュレートしている言葉を口に出すことはできなかった。
他愛もない話を途切れることなく楽しめるような今の関係は居心地がよかった。かなり仲のよい女友達という立場。高校に入ってからは別のクラスになってしまい、中学3年でのかなり親密なクラスメートとしてのスタンスは崩れ去っていたが、今年、再び同じクラスになってからは、またそうした関係を取り戻すことができた。去年1年間のほぼ見ているだけの片思い。あの距離に比べれば今はなんて恵まれているんだろう。
逆に、近しすぎて、本心を伝えることができなくなったとしても、だ。
時刻表を確認すると、朝10時という中途半端な時間帯のせいか、バスの本数は通勤時間帯の半分くらいで、次のバスが来るまで15分近く時間があった。
「えーまだ15分もある。」
うんざりした声をあげると、そうかと言って、待合い用のベンチに俊介は腰掛けた。すぐに帰ってしまうものだと思っていた唯菜は俊介の行動に喜びを隠せなかった。
「もしかして一緒に待っててくれるの?」
「おーよ。こんどジュースおごりね。」
「なにー、無償の善意じゃないのー?」
憎まれ口を叩いてはみても、二人の時間が延長された事実に浮き足立ってしまうのだった。
余りくっつきすぎないように、でも離れすぎないように注意しながら俊介の隣に腰をかけた。
「高校祭の間につき合いだしたの結構いるよなー。」
俊介が背もたれに両肘をかけて、背を反らせた。唯菜の肩に触れそうなところに置かれた俊介の手が視界の端にうつる。
「そうだよね。佐藤さんが先輩に告られてOKしたって言ってたし。」
「聞いた聞いた!打ち上げで酔っ払ってみんなに喋ってたよな。」
「よっぽど嬉しかったんだろうね。」
恋愛話などしたこともなかった佐藤が唯菜や美咲にもつきあい始めたの、と満面の笑みで話していたのを思い出す。まだ誰ともつき合ったことのない唯菜にとっては、佐藤の幸せいっぱいの状況は素直に羨ましかった。美咲はつき合いだしただけなのに浮かれすぎだと後でこっそり唯菜に耳打ちしていたが。
「サッカー部でも彼女出来たヤツが二人もいてさ、自慢されまくったわ。」
「やっぱイベントで盛り上がるもんねー。」
「そういうもんか?」
「そういうもんでしょ。」
俊介は現在たぶん彼女はいない。1年の時は唯菜の知っているだけで2人から告白されてつき合っていたが、どちらも余り長続きしなかったようだ。2年にあがってからは、そういう噂は聞いていない。
改めて本人に確認するような機会がなく、どうなんだろうとやきもきしていたが、今の話を聞く限りでは、いないと判断してもよさそうな・・・。唯菜は依然としてすれすれの所にある俊介の右手を意識しながら、この話の流れなら彼女がいるかどうか聞いても不自然じゃないことに気付いた。
聞くなら今だ!
高まる緊張感を振り払うように言葉を発しようとしたときだった。
「あーあ、俺も彼女ほしー。」
俊介の言葉に、思いっきり首を回して、俊介の顔を見た。苦笑いしているようなむすっとしているような曖昧な俊介の表情。
「かのじょ、いないの?」
「いるように見える?」
質問に質問で返されて返答に詰まる。俊介のいつもと違う表情が余計に唯菜を緊張させているように思えた。
「みえない・・・。」
いつものふざけた調子が出せずに、言葉も必要最低限で切れてしまった。
こちらを見ていた俊介が顔を正面に向けた。唯菜も向き直って、道路の向こうに続く住宅の群れを見た。

「彼女ほしいんなら、私と付き合う?」

唯菜は自分の口から突然発せられた言葉に自分で驚いていた。
やばい!!
頭の仲間で心臓の音が響いて、思考はストップしていた。
この計り知れない影響力を潜めて放たれた一言を、どうすれば何事もなかったように取り戻すことができるのか、咄嗟の判断が必要なのにも関わらず、唯菜は俊介の顔を見ることもできないまま固まっていた。
「それ、いいね。」
脳内パニックに陥っている唯菜の耳に俊介の声が落ちてきて、反射的に振り返った。
俊介は前を向いたままだった。
それ、いいね。
唯菜は自分の提案が受け入れられたことを急に理解した。俊介の横顔と自分の肩の横に置かれた右手。
「いいでしょ。」
唯菜の言葉に、俊介がこちらを向いた。目が合った。俊介がふっと声を出さずに笑ったから、唯菜も釣られて笑った。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック