優しい手 10

今、目の前でシャーペンを持つ右手と、あの時、触れるか触れないかのところに置かれた右手が重なる。
何度思い返してみても、あの時どうしてその言葉を口にすることができたのか、自分でも分からない。
昼ご飯を食べたせいか、昨夜の夜更かしが唯菜に欠伸をもよおさせた。なんとか噛み殺しながら、プリントの最後にある証明問題に集中しようとした。
急に眠気が襲ってくる。何度読んでも問題文の内容が頭に入ってこなかった。
『彼女ほしいんなら、わたしと付き合う?』
それまで常に頭の中で考えていた気持ちを表す言葉とは全くかけ離れたものではあったけど、こうして俊介の部屋に向かい合って座っていることができるのは、あの言葉があったおかげだ。
あの後すぐにバスが来てお互い家に帰った。自分の部屋に戻った唯菜は着替えもせず、先程のやりとりを思い返していた。二人の言葉とその合間の表情をなぞればなぞるほど、その内容のあっけなさに、やはり冗談でしかなかったんだろうか、と不安になり始めた時に、俊介からメールが来た。帰宅したかどうかを確認するだけの素っ気ない内容だったが、俊介から自発的に送られてきたメールは初めてで、これがつきあい始めたということなんだ、と感動した。
それから俊介はほぼ毎晩、メールをくれた。寝る前に送り合うメール。
テスト期間に入って二人で帰宅するようになるまでの1ヶ月余り、つきあい始めた二人の間にあった変化はそれだけだった。

「井上?」
俊介の声に唯菜は驚いて顔をあげた。にやけた俊介の顔が目の前にあった。
「あれ・・」
最後の問題を解く前にそのままの体勢で眠ってしまったらしい。
「触っても起きんし。」
「え・・そんなに寝てた?」
気付くと俊介の左手が唯菜の右手をシャーペンごと包み込んでいた。予想外の接触に眠気も一気に吹き飛んだが、できる限り右手を気にしないように努めた。
「俺が問題終わったときには寝てただろ?反応ないし。井上って器用に居眠りするね。」
「そう?」
眠気は飛んだはずなのに口ごもってしまうは未だに繋がっている右手のせいだ。
「まだ眠い?いっそベッドで寝る?」
反応の鈍い唯菜を眠気のせいと勘違いしたらしい俊介は、ベッドを指さした。唯菜の右手から俊介の手が離れる。
「へーき。勉強しよ。」
軽くなった右手を誤魔化すように唯菜はシャーペンを持ち直した。

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