優しい手 12

気付かれてたんだ・・・。
文化祭の晩、俊介の部屋に泊まったとき、女の子からシャワー浴びなさいと俊介の母が唯菜と美咲を浴室に案内してくれた。3人になると彼女は嬉しそうに「俊の彼女はどちらなの?」と言い出して、俊介に片想い中だった唯菜は返答に詰まってしまったが、美咲は「今のところはどちらも違うんですー。残念ながら」と微妙な言い回しで答えたのだ。俊介の母はあらそうなのと気が抜けたように言っていたが、実は唯菜の態度を見て俊介に対する気持ちに気付いていたのだろう。
「どした?」
両頬を手で押さえて俯いていた唯菜は俊介に顔を覗き込まれて慌てて体を後ろに引いた。
「なんか顔赤くね?」
「ううん、なんでもない!ケーキ食べよっ!」
必死で話を切り替えようとスプーンを掴んだ。俊介は納得いかなさそうな顔をしていたが、すぐに気を取り直してどっちにする?と尋ねてきた。
「私はどっちも好きだから、俊介の好きな方を選んで。」
じゃあこっち、とザッハトルテを取った。俊介が甘いものも結構いけて、しかもチョコレート好きであることは知っている。スプーンで切り分けた一口は大きくてあっという間に半分の大きさになってしまったケーキに唯菜はやっぱり男の子だなあと感心して見入っていたら、俊介は今度は少し小さめに切り分けて唯菜の前に差し出した。
「こっちも食べたいんだろ。」
視線が物欲しそうに見えたのかな・・・。
いいよ、と断ったが、俊介はスプーンを更に唯菜の口元に近づけてきた。
唯菜が仕方なく口を開けるとケーキとスプーンが差し込まれた。途端に広がる濃厚なチョコレートの味が舌にまとわりついた。
「おいしい。」
「だろ?ということでそれ一口ちょうだい。」
と唯菜が少し手を付けたレアチーズを目線で指してから、口を開けた。
食べさせてということだろうか?
一瞬、躊躇していたが、無防備に向けられた俊介の顔を放置しておくわけにも行かず、大きく掬ったチーズケーキを思い切って俊介の口の中に入れた。
「うまっ!」
「なーんだ自分がほしかったから私にくれたのね。」
「ギブアンドテイクよ。」
俊介はその後、自分のケーキを二口で食べきってしまった。唯菜の口に入ったスプーンで。
唯菜は自分の手にあるスプーンが俊介の口から出てきた瞬間を思い出して、軽く目眩に襲われた。
意識する方がおかしいと思いこむことにして、何事もなかったように普段より大きめの一切れを口に運んだ。
それを見届けた俊介が自分の手のスプーンを目の高さに掲げた。
「かんせつキス、だ!」
唯菜は自分の考えていたことを耳にして思わず吹き出しそうになったが、堪えてできるだけ冷たい声で言い放った。
「なにバカ言ってんの。中学生じゃあるまいし。」
「げっ!なにその反応。かわいくねえっ!」
俊介がミニテーブルに身を乗り出して唯菜の鼻をつまんだ。
やめてよ、と俊介の手を振りほどこうとするが、びくともしない。俊介は余裕の表情で必死になっている唯菜を眺めている。その顔にからかいの笑みが広がっているのが無性に腹立たしくて、唯菜は隙をついて俊介の脇下をくすぐった。
「うわっ!」
不意を付かれて俊介の手は解かれる。
「やりやがったな!」
「そっちが先にしたんじゃん!」
テーブルを挟んで二人は睨み合ったが、すぐに俊介が笑い出す。
「おまえ、鼻赤い。」
「俊介がやったんじゃない!もう!」
慌てて鼻を隠して俯くと、「うそうそ、ごめん。」と頭をぽんぽんと撫でられた。
髪を通して俊介の大きな手の感触に鼻だけではなく顔も赤くなっていくような気がして、唯菜は顔が上げられなかった。
「ゆるさん。」
顔の下半分を両手で覆ったまま目だけで俊介の方を睨め付けると、彼はテーブルの上に放置されていたケーキをスプーンで掬ってさっきのように唯菜の前に持ってきた。
「これでも食べて許してやってよ。」
「・・・私のケーキだし。」
手の下でもごもごと言いながら、テーブルの上に残されたスプーンを見た。
スプーン、どっちが使ってたのか分からないよな、と思いながらも俊介の目の穏やかさに、どうでもいいかと両手をずらして差し出されたケーキをぱくんと口にした。

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