キミとボクの距離 1

菜々美と圭吾は制服で、それぞれ道着と練習着の入った二つのバッグと学生鞄を持って、街頭に照らされた夜道を並んで歩いていた。
「明日も天気良さそうだね。」
「んー、体育祭の練習があるから、面倒だなー。」
「菜々美が体育嫌がるなんてどうしたの?」
「創作ダンスの練習なんてしたくない。」
菜々美が嫌そうに呟くのを聞いて、圭吾は苦笑した。
「男子は騎馬戦だよ。」
「そっちの方が断然いい!」
圭吾は本当に羨ましそうに言う菜々美の横顔を呆れたように見た。
「何よ。」
視線を感じた菜々美は振り返って圭吾を睨み付けた。圭吾よりも数センチ高い菜々美は圭吾を見下ろす形となった。上から睨み付けられて、圭吾は小さな声で恐る恐る告げた。
「いや、女の子がそういうこと言うかな、と思って。」
「うるさい!」
菜々美は苛ついているのを隠そうともせず怒鳴りつけると、急に走り出した。
「待ってよ。」
遅れて圭吾も走り出すが、菜々美が本気で走ると圭吾は追いつけなかった。
運動神経抜群の菜々美は、同学年の女子では2番目に足が早かった(一番早いのは陸上部の短距離エースだった)。はあはあと息を切らしている圭吾が数メートル後にいるのを確認すると、菜々美は満足したように笑いながら立ち止まって圭吾が追いつくのを待った。
「そうだ、新しいゲーム中川から借りたんだ。ご飯の後にしにうよ。」
乱れていた息を落ち着けながら、圭吾は菜々美の顔を窺った。圭吾が追いつけなかったことで、すっかり機嫌をよくしていた菜々美は、やるやる、とすっかり乗り気だった。単純な菜々美の様子を相変わらずだなあと眺めながら、圭吾は彼女の機嫌が直っていたことにほっとしていた。
菜々美の両親は共働きで、しかも勤務時間が不規則だった。私道を挟んで斜め前にある圭吾の家で夕食を食べさせてもらうこともよくあった。
今朝も菜々美は母から「圭吾くんちでご飯食べてね。」と送り出されていた。いったん自分の家でシャワーを浴びて、Tシャツとジーンズに着替えた菜々美は圭吾の家のインターホンを鳴らした。
「開いてるから入ってきて。」
圭吾の母親である恵の声がした。小学生の時は勝手に入っていたが、なんとなく最近はもう子どもじゃないのだからと一応インターホンを鳴らすことにしていた。菜々美の家の2倍近くはある立派な圭吾の家には圭吾の祖父母も同居していた。ダイニングに入るとめずらしく圭吾の祖母がダイニングのテーブルに座っていた。
「あら、菜々美ちゃん、こんばんは。」
「あ、お邪魔しています。」
普段あまり顔を合わせることもない圭吾の祖母に菜々美は丁寧にお辞儀をした。
「今日もご飯食べていくのかしら?」
「え、はい。母が遅いらしいので。」
「郁子さんもチーフになったから忙しいのね。ごめんなさいねえ。」
「いえ、そんな、こちらこそいつもご馳走になって。」
圭吾の祖父は総合病院の院長、父親は次期院長予定の副院長、そして菜々美の両親はその病院で働く内科医師と看護師だった。近所のおばさんと言うよりは両親の上司という意識の方が強くて、何でもない会話の一つ一つにも緊張してしまう。
タオルで濡れた髪を拭きながら圭吾がやって来た。普段と違って畏まっている菜々美を見てにやけていた。その笑いにつっこむっことは後回しにするとして、とりあえず祖母の相手は圭吾に任せ、菜々美は恵を手伝いにキッチンへ入った。
「めぐさん、なんかすることなーい?」
コンロの前に立っている恵の背中に声をかけた。
「じゃあ、サラダ作ってくれる?野菜はそこに出してあるから。」
流しの傍にレタスやトマトなどが置かれていた。数年前から母にも言われて、夕食をご馳走になるときはなるべく恵を手伝うようにしていた。恵も面倒がらずに包丁の使い方や手順を教えてくれるから、菜々美も徐々に料理ができるようになり、お陰で休日の昼食くらいなら、自分で用意することができるようになった。
タマネギを薄くスライスしたものとちぎったレタスをそれぞれ水にさらす。トマトとキュウリはスライスしておく。さらしてあったタマネギの水気を絞り、缶から出したツナと一緒にマヨネーズで和え、先に出してあった食器に盛りつけていった。そうした一連の作業をしながら、揚げ物をしている恵と会話する。
手際よく用意している菜々美を見て、恵は目を細めた。
「菜々美ちゃんも料理かなり上達したよねえ。」
「サラダなんて誰でも作れるよ。」
「もちろん作るのは簡単だけどね、いかに早く、無駄なく作り上げるかが問題なのよ。」
恵に褒められるとなんだかこそばゆい。
「メグさんのお陰だよ。そのうちママより上手になりそう。」
「もう抜いてるわよ。ゆうちゃんは料理苦手みたいだもんね。多分ゆうちゃんは菜々美ちゃんにご飯が作れるように育てて押しつけようとしてるわよ。」
「そうかも。」
母はほとんど料理をしない。我が家の夕食はスーパーのお総菜と冷凍食品、あと恵からのお裾分けでほぼ成り立っている。仕事が忙しいのは分かっているつもりなので、もっとレパートリーが増えたら、恵の言うとおりに自分が食事の用意をするようにしたいと考えていた。菜々美だけが圭吾の家でご馳走にありついた日、両親は仕事の帰りにファミレスなどで夕食を済ませているようだ。
もしそうなったら、こんな風に恵の手料理にあずかることはなくなるんだろうかとできあがった料理をよそいながら考えていた。

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