視線の向こう側 1

一応短編。3回で終了する予定です。
初の男性一人称です。

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あの人、だよな?
俺は隣に座っている彼女の横顔を見下ろしていた。
あれからこちらを全く見ない彼女の顔を正面から見ることはもうできなかった。

約束の時間に少し遅れて店に入り、席に案内してもらうと、当然のように席は埋まっていて、俺は一番端の空いた席に座った。
「遅いぞ。」
今日の合コンの男側の幹事である原田が斜め前から笑いながら言うのに「すまん。」と謝った。テーブルの上にはまだ殆ど手の付けられていない料理が並び、それぞれの前には飲み物が置かれていた。遅れたのは15分程であったが、もう乾杯は終わっているらしい。
「あの、飲み物、頼みますよね?」
隣の席に座っている女性が俺の方にメニューを差し出した。
「すみません。」
メニューを受け取りながら、彼女の顔を見て、見覚えのあるものであったことに驚いた。一瞬固まってしまった俺に何も言わず、すぐに正面を向いてしまった。
もしかして。
メニューに形だけ目を通してから、原田に生ビールを頼んでもらうように言った。
「仕事忙しいのかよ?」
「いや、間に合うはずだったんだけど、出がけに捕まっちゃってさ。」
「そっか、おまえ来る前に自己紹介やっちゃったから、適当にやってよ。」
原田はそれだけ言うと、すぐに自分の隣の女、俺の正面に座っている、との会話に戻ってしまった。
俺は隣の彼女が気になったが、彼女は逆側を向いて話こんでいるようで、話はおろか、顔を再確認することさえできなかった。
今朝も彼女を見かけたはずだが、どんな服だったのかははっきり思い出せない。同じ服だと言われればそうかと思うが、違うといわれてもそうかと思うだろう。それでも隣の彼女は毎朝通勤時にすれ違うあの人だと、自分の認識に間違いはないように思えた。

俺は駅前にある職場まで自転車通勤をしている。職場の開始時刻は9時半で朝のラッシュはもう終わっているから、学生も殆ど通らない歩道をのんびり漕いでいく。10分程の道程の途中で県庁を通り過ぎる。その正面の国道に横断歩道があり、信号のタイミングにもよるが、だいたいその横断歩道を西へ渡る。彼女はその横断歩道を俺と逆の方つまり西から東方向へ渡る。
国道を横切るその横断歩道は赤信号の時間が長いから、タイミングが合えば車道を挟んだ両側にしばらく向かい合って立っていることになる。距離がかなりあるので、メガネをかけるほど悪くもない中途半端な視力の俺は彼女の顔をはっきり識別できるわけではない。信号が青になり、二人が近づく。通勤通学のピークは過ぎているが、それでも歩行者はかなりいて、二人の間を他人に遮られることはあったが、俺は彼女をそれとなく観察する。
くるくると巻かれた髪、流行を適度に取り入れた落ち着いた服装、傍を歩く中背の中年男よりもかなり低い位置にある頭。
真正面をまっすぐ見て背筋を伸ばして向かってくる彼女と横断歩道上で目が合うことはない。
俺はその横断歩道を渡り終えるとその国道と交差した県道にかかる横断歩道を北に渡らなければ会社には行き着けないので、ちょっとの間そこで信号待ちをしなければならない。北に向けて自転車を止めて自分が来た方を見ると彼女の後ろ姿が県庁の方へ進んでいくのを確認できる。県の職員なんだろうか。
公務員の通勤時間にしては遅いんじゃないかと最初は思ったが、どうも彼女と同じ側から渡ってくるサラリーマン達もみんな同じように県庁に進んでいくので、時差出勤なのかもしれない。

「おい、生ビール。」
店員が持ってきたらしいジョッキを原田に渡された。
「じゃあ、遅刻者のために、もっかい乾杯していい?」
原田が大きな声で言うと、めいめいで話していた奴らもジョッキを手に持った。男性陣はみな顔見知りだが、女性陣に見知った顔はなかった。隣の彼女以外は。
「遅れてすんません。中江っていいます。よろしく。今日は盛り上がりましょう!じゃかんぱい!」
原田に目で促され、自己紹介もかねて音頭を取った。
「かんぱーい!」
みんなが声をそろえた後、近くの者とグラスを合わせる音がした。俺も斜め前の原田と正面の女とグラスを合わせる。
隣の彼女が原田とグラスを合わせているのを見て、自分もジョッキをそちらに差し出してみると、やっと彼女はこちらを向いてジョッキを傾けてくれた。かちんと彼女のジョッキに自分のそれを当てた。彼女が「かんぱい」と小さな声で呟いたのが聞こえた。
俺はジョッキの中身を半分ほど一気に飲み干した。乾いた喉にきつめの炭酸が心地よかった。
彼女もジョッキに口を付けて一口だけ飲んだ。
話しかけても大丈夫か、彼女の様子を窺う。乾杯の前まで俺と逆の側にいる男、いつものコンパ仲間の内の一人と話をしていたようだが、今は二人の間に会話はない。とりあえず、名前を聞こうと口を開きかけたとき、彼女がこちらを向いた。
「あの、中江さん?お料理とりましょうか?」
「あっ、お願いします。」
「好き嫌いはあります?」
「いや、なんでも入れてください。」
そういえば、声は初めて聞くんだな。最初に飲み物を聞かれたときにも声を聞いていたはずだが、全く違和感がない、つまり俺の勝手な想像の範囲にぴったり収まるようなかわいらしい声だった。
「どうぞ。」
盛りつけられたお皿が俺の前に置かれた。お礼を言って、さっそく料理に手を付けながら、彼女に名前を聞いた。
「山川です。」
なんとなく警戒されているように思えたが、朝の通勤についても思い切って確認してみた。
「毎朝県庁の前通ってますよね。俺、いつもそこですれ違ってるんです。気付いてないかな。」
彼女ははっとして、少し視線をうつむけた。
「気付いてます。」

それから、俺はあまり口数の多くない山川さんに必死になって話しかけていた。彼女がテーブルの上ばかりではなくこっちを見上げるようになるときには彼女がやはり県の職員であること、2ヶ月前から時差出勤の遅出にしていること、朝はバス通勤で西にあるバス停から県庁まで5分ほど歩いていることなどを聞き出していた。
控えめに言葉を選ぶ彼女の様子はとても好ましく思えた。
いつからだろう、通勤時に彼女を意識し始めたのは。
自分と同年代に見える女の人はその時間帯にはめずらしかったし、そうでなくても、コンパクトにまとまった感のあるかわいらしさは十分に俺の目を引いた。ただ、朝の数十秒見るだけの人、がらにもなく俺は彼女と遭遇する偶然に期待していた。
始めの内は今日もいるな、とその姿を見かけてから思い出す程度だったのが、最近では部屋を出るときに、今日は会えるだろうかと考えてしまうようになっていた。
もちろん毎朝会える訳ではない。自分と相手の時刻がたまたま一致したときにだけ会える、というだけで、彼女と会うための努力をしようにも、彼女に関する情報がまるでない現状では、県庁の辺りは若干スピードを落としてみるくらいで、あとはひたすら神頼みだった。
会う、というのは語弊があるか。控えめに言っても見かける、とかすれ違うとかそのレベルだ。
そんな彼女との接点。
学生時代は付き合っている彼女がいるのに参加していた合コンに、就職してからは、付き合っている彼女もいないのに、断る回数が増えていた。久しぶりにYESと返信したお誘いメール。
ほんと来て良かった。
今日のこれはものすごいラッキーだろ?
絶対逃しちゃいけないようなチャンスだよな。
俺はなんとかこのチャンスを生かしたいとやっきになっていた。

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