視線の向こう側 3

トイレを出て、原田に会費を渡して店の外に出ると、もう連中はカラオケ店に移動しかけていた。少し先を行く先頭集団に彼女の姿がないことを確認すると、すぐ近くを歩いていた先程の店で原田の隣に座っていた女に山川さんのことを聞いた。
「あー、ナツね、実家だから遅くなるのはまずいからって帰っちゃったわ。」
山川さんの下の名前ってなつって言うんだ。どんな字なんだろう?なんてぼんやり思っていた。
彼女のいないカラオケではただひたすらにビールを飲んで歌っていた。幸か不幸か1軒目にできあがった組み合わせのままカラオケでの席順もほぼ固まっていて、俺は時々名前も覚えていない女の子が気を使って話しかけてくれたくらいで、特に誰かの相手をする必要もなかった。
カラオケではあり得ないくらいに飲んでしまい、部屋に戻るとシャワーを浴びることもなく眠ってしまった。
翌日は第2週の土曜日。勤務先は隔週週休2日で、今週の土曜日は仕事が休みだ。翌日が休みでなければ昨日の合コンも行ってなかっただろう。
山川さんも今日は休みのはずだと思いついた自分に、溜息をつきながら、まだアルコール臭い体を引きずって浴室に向かった。
どこで失敗したんだろう?
カラオケでも前半はこればかり考えていたような気がする。途中から酔いが回ってきてろくに思考を繋げることができなくなってしまったが。
失敗、なんだろうか。俺があそこで何を喋っていようと、結局彼女は終始、俺との関係を継続する必要性など微塵も感じていなかったのかもしれない。毎朝、すれ違う度に俺は彼女に対する好ましい印象を増幅させていたのに、彼女は俺に対して非常識な人間だと嫌悪を深めていたのか。
そう思うと絶望的だ。また溜息が出てしまう。
昨夜、山川さんの口数が少なく、なかなか歩み寄れなかったのは彼女のもともとの性格のせいなのだと思っていたが、それはとんでもない思い違いだったのかもしれない。良いイメージを持っていない人間の相手をしなければいけないことに、うんざりしていた、ということか?
そうなのかな。
途中で俺が彼女の好意を勘違いしてしまうくらい親密な態度だったのは、俺の必死な様子にあんまり毛嫌いするのも悪いからと同情で愛想を振りまいてくれただけだったのか?
そうなんだろうか・・・。
空回りしていた自分の行動が恥ずかしくなってきて、ますます落ち込んでいった。
土曜日は二日酔いのせいもあって、肉体的なグロッキーが精神にも影響を及ぼしていたが、日曜日はいつもの健康な自分に戻って、思考的にもかなり楽天的になっていた。すぐに山川さんのことを考えてしまうのは止めようがなかったが、前日のように悲観的な側面はすっかり影を潜めていた。
彼女がコンパで会話するまでは俺のことをよく思っていなかったことは認めるべきだろうが、会話している内に、少しはその悪印象も薄らいでいたんじゃないか、と。彼女の中に好意のようなものを読みとった自分の感覚を捨てきれなかった。自惚れと言われようと、自転車に乗ったままの喫煙について俺に意見したときの彼女の消え入りそうな声とか、その後、小さな体を固くして余計に小さくなっていた様子とか、あの後、一転してしまった二人の距離感は、彼女が自分の指摘で俺を怒らせてしまったと思ったからと考えるのが自然に思えた。自分ではすぐにフォローしたつもりだったがうまく彼女に伝わっていなかったのかもしれない。
もし、そうなら、誤解を解きたい。
すごく独りよがりな考えかもしれないが、このまま、また通勤時にすれ違うだけの二人に戻ってしまうのは俺には耐え難かった。何もしなくても、挨拶くらいは交わすようになるかもしれないが、きっと彼女は余所行きの笑顔で笑いかけることで、距離を置いてしまうに違いない。
あの笑顔も十分かわいいけど、もう、俺はそれだけじゃない表情も見てしまった。そう、一度近づいてしまうともっと先を求める気持ちばかりで、もう何もなかった時には戻れない。

月曜日の朝、俺はいつもより30分も早く家を出た。いつもと同じ道なのに、学生服を着た生徒の自転車がいっぱいで走りにくい。
信号で2回ほど止まったが、煙草に火を付けることはない。
いつものように県庁前の横断歩道を渡った後、いつもなら右折して北への横断歩道を渡るのだが、今日はそのまままっすぐ西へと進む。彼女が降車するバス亭の名前までは聞かなかったが、2分くらい行った所にあるバス停の標識があった。ちょうど前に銀行があり、そこの駐車場の脇に自転車を止めた。
腕時計を見ると9時を回ったところだった。いつもなら、まだ部屋で歯磨きとかしてる頃だ。
俺は彼女の乗ったバスが来るのを待っていた。
幸い、銀行に来る人はほとんどおらず、誰も俺のことを気にする素振りもなかった。バス停の設置された道路は対面2車線で細かったが、意外に交通量が多かった。車と歩行者と自転車、そしてバイクが入り乱れる様を目に写していたが、実際は妙な緊張感で目にしたものは素通りだった。
昨晩から考えていた山川さんを待ち伏せする方法は、実際にこの場所に来るまでは、ごく当たり前のことのように思えていたが、こうして立っていると、本当にこんなことしていいのか、と不安になってきた。
ストーカーっぽいと彼女に引かれてしまうかもしれない。彼女が金曜日のことで俺と会わないようにバスを早める可能性を考えて早めに家を出たのだが、それだけ避けようとしている相手が降り立ったバス停に立ってたら、ものすごく嫌だろう。
だいたい、俺は彼女に何を言えばいいんだろう?
おはよう、って挨拶をして、その後、謝ればいいんだろうか。
でも、あの話は一応表面上は終わったはずで、それをわざわざ蒸し返すのは不自然に思えてきた。誤解を解きたいと思っていたことさえも、その意味が自分の中で分からなくなりつつあった。
ほんと、ここに来るまでは、訳の分からない使命感に燃えてたというのに。
1度だけバスが通ったが、バス停には停まらずにそのまま走り去った。それきりバスは1台も通らない。
時計を見ると9時15分になろうとしていた。このバス停からいつもの横断歩道まで歩けば5分位かかる。彼女の使うバスが来るとしたら、今から5分以内に来るはずだ。それ以上は待っている意味はないだろう。
彼女は来ないような気がした。その方がいいとも思った。
そう思う反面、彼女に会えないまま、同じ道を戻っていく自分を想像すると、やりきれなかった。
俺はどしたいんだ?
はあーっと深く息を吐き出した。
「あ。」
バスがやって来た。目の前で止まると、出口が開いた。彼女がステップを降りてくるのが目に入った。一気に心拍数が上がって、うるさく鳴り響きだす。バスから降り立った彼女が足下から目の前に顔をあげる。あの形に口が開いて、一瞬止まる。
「おはよう。」
俺は自転車を押しながら彼女に近づいた。バスが走り去っても、彼女は立ちつくしたまま、俺の方をぽかんと見ていた。
「中江さん?」
「ごめんね、こんなとこで」
「ううん。」
彼女は相変わらず目を見開いたままで、そんな無防備な表情を自分がもたらせたんだと思うと、何故か得意な気分になって、俺は緊張しているのに関わらず、自然と笑っていた。
「金曜日に聞けなかったから。山川さんの連絡先。」
俺は全部すっ飛ばして、結論だけを言ってしまっていた。もっと様子を見ながら、聞けるものなら聞こうと思っていたのに。
「あ、じゃあ、メルアドを。」
彼女は嫌がる様子も見せずに、携帯を取り出した。
「えっ?いいの?」
「え?そのために待ってくれてたんでしょ?」
彼女が訝しげな表情になった。
「いや、なんか駄目って言われるかと思って。」
「そんなことないですよ。」
彼女の頬が少し赤くなったような気がした。俺も顔が熱い。もしかしたら彼女の倍くらい赤くなってるのかもしれない。
俺は携帯を取りだそうと、肩にかけた鞄を開いたが、携帯用の内ポケットには見当たらない。
「あれ?」
焦って鞄の中を漁る俺を、彼女は心配そうに見守っていたが、
「忘れてきたんですか?」
「そうかも。」
落ち着いて準備したつもりだったが、やはり舞い上がってたらしい。携帯を忘れるとは・・・。
「とりあえず、行きましょうか。」
可笑しさを堪えるように彼女が言った。
「中江さんもこっちに行くんですね。よかったら、一緒に歩きません?」
「あ、うん。」
俺は間抜けな声をあげると、くすくす笑いながらいつもの横断歩道に向かって歩き始めた彼女の隣に並んで、自転車を押して歩き始めた。彼女の話し方は敬語に戻っていたが、それはあんまり気にならなかった。並んで歩くと俺と彼女の身長差は予想以上に大きくて、見下ろす先で肩を震わせている彼女を余計に可愛らしく見せる。
彼女から発せられる雰囲気がひどく柔らかい。
この感覚が俺の勘違いじゃなければいいのにな。
俺はさっきまでの緊張や不安をすっかり忘れて、
「いつまで笑ってんの?」
と彼女に話しかけた。

                               Fin
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